(株)斎藤模型

『我、思う故に我在り』 自分の存在している証というものは、
自分が考えていることそのものである。
日々、思い、感じたことを言語化するということは、
自分を客観的に見るという意味でおもしろいのではなかろうか。
そして、それがある程度は公的な場であるということで、より整理されていくのではないか。
自己満足的で、自己処理的なブログというメディアに参入する上での宣言文。
平常心をモットーに生きる。
連絡先は saitomokei@hotmail.co.jp
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その後のアサガオ
アサガオは朝顔というだけあって

朝方にたくさん、奇麗に、大きく咲く。

僕の部屋の窓からぶら下がる アサガオ。

朝、おばさんが通りすがりに 一瞬立ち止まり、

アサガオを見て、あくびをして去っていた。

めでたし、めでたし。


05:31 | 生活 | comments(0) | -| - |
八月の歌
善は急げ と言うけれど、

急がば回れ と人は言う。

今日は 飲まぬと決めたのに、

気づけば 朝日が昇ってる。





23:59 | 生活 | comments(3) | -| - |
おぼうさん
この間、家から駅に着くまでの間に
お坊さんを三人見かけた。

若くて年下くらいで 自転車でかっ飛ばしていたお坊さん。

中年で のろのろしたスクーターに乗ったお坊さん。

高級車に乗った、やり手な感じのお坊さん。

珍しいこともあるもんだと思っていたが、
ふと 気づけばお盆だった。

歩いて まちに出れば
気候とか、自然以外からも季節を感じれるのだなあ、
と思った。


23:59 | 生活 | comments(2) | -| - |
東京
に帰ってきました。
という感覚よりも、移動してきました。
たまたま 自分が育った場所で
最近、一番興味のあった場所に

うーん、
あまり懐かしいとかなく
あー、
変わったなあ、ここ とかもなく。。

でも、相当、興味深く 面白い場所だと思った。
何はともあれ、無事に家に戻り 暮らし始めました。

日本っていいなあ、と思うし
日本てやだなあ、とも思うし

結局、どこにでも いいところもあるし、悪いところもある。

たかが と されど

大切なのは バランスな訳で 
自分次第で、楽しくも つまらなくもなる。
人や場所のせいにするのは違うと思う。

まあ、確実に変わったのは 僕の髪型くらい。

てな訳で 日本のみんな遊びましょう。

携帯も無事に手にいれました。
もう 公衆電話を探す日々も終わりです。
前の携帯等、一切データがないので お手数ですが
みんなの連絡先教えてちょ。

それでは。

23:59 | 生活 | comments(8) | -| - |
均衡へ
僕は、よく身の回りのものに名前をつける。
パソコンは、なつ子と鉄雄。
自転車は みどり。i-Podは かもめ。
みたいに。

そうすると、面白いものでとたんにモノ達が擬人化される。
調子が悪ければ、体調や機嫌を損ねているように感じるし、
愛着が倍増される。仲間内ではそれで通じたりもする。

ここで、名前をつけているモノ達には特徴があることに気付く。
ある程度複雑な機械であり、一個しかないもので、短いスパンで消耗しないもの。
つまり、鉛筆や本棚にはついていないのである。

それは、良くない気がする。
僕の部屋の中の小世界に、僕自身がヒエラルキーをつくっているのである。
ゲド曰く、世界は均衡に向かっている訳で、
それを崩す事は 世界の破滅につながると…

しかし、全てに名前をつけるとなると まあ 覚えられない。
じゃあ、全部からを名前をはずすと 今までのメリットがなくなる。

ということは、やはりある程度、差別や格差がある方が健全なのかと思う。
固有名詞をつけて具体化した方がいいモノ。
名前なんかなくて、抽象的にボカしておいた方がいいモノ。
こういうことはいろんなコトに置き換えられとも思う。
同じ囲いに入っていても、はっきりすべきこと、曖昧でもいいもの。
例えば、プロジェクトやコンペの作業。目標と夢。とかとか。
建築だって そうじゃないかなぁ。

この間、一人で旅してて 暇なとき何してんの?と聞かれました。
99%が意味のないこんなことばかり考えています。
23:59 | 生活 | comments(1) | -| - |
身体の仕組み
生命というのは僕なんかが言うまでもなく不思議です。
図鑑を広げれば、知らないことが山ほどあるし、
視点を変えれば、突っ込みどころ、笑いどころ満載です。

自分の身体について思う。
生まれてから、死ぬまで基本的に心臓は休まずリズムを刻むこと。
脳みそは寝ている間も、寝ずに記憶を一生懸命整理していること。
寝る前と、起きた後では細胞がほとんど変わってしまうこと。
変なの。

そして、自分の感情というものは、なかなか厄介である。
自分のことなんだから分かりそうなもんだが、全く分からないなぁ。
処理出来ない気持ちの歪みが生まれてしまう。
心に溜め込んでしまったり、泣いたり、叫んだり、走ったりね。
何とも 不器用で格好わるくて、効率の悪いことですね。


♪ いまにも目からこぼれおちそうな
  涙の理由が言えません
  今日も 明日も あさっても 何かを捜すでしょう ♪

                   ザ・ブルーハーツ  「僕の右手」

01:14 | 生活 | comments(1) | -| - |
ものの見方
有名人を見たことあるかみたいな話、誰でも一度くらいはしたことあるでしょう。
あれで、年や生活習慣にはそんなに差はないのに
やたら見ている人と見てない人がいる時があります。
そして、見てない人は「運が良くていいなぁ」みたいなことを言いますが、
あれってそうゆうことじゃないと思います。

例えば、待ち合わせの時に
まったくこちらに気付かない人と、良く気付く人が います。
すれ違った時に
無視したのかと思うくらい気付かない人と、良く気付く人が います。

脳みそにある顔のデータと目の前を歩く人のデータを
瞬時に結びつける能力みたいなものも関係あるのかもしれないけど
僕は、単に物事に興味もって歩いているか、ただ歩いているだけか
の違いだとも思います。
要するに、けっこうすれ違ったりしてても気付いてないだけなのだと思います。


これは都会と田舎を行き来すると感じるのですが
日本の都市はとても 良く管理してくれていて 道を渡るタイミングは信号が教えてくれるし、車もルールを守るし みんな効率よく真っすぐ歩きます。 
そのため、転ばないためだけに、下を向いている人がホントに多いし
他の情報に対して あまり興味がないように思えます。

だけど ひとたび、田舎や発展途上の国の町とかに行くと
管理が行き届いていない分、自分で判断を迫られる回数が増え
まわりの情報を必死でかき集めます。だから必然と下は向かなくなります。
また、急ぐ必要のない人は 最短ではなくぶらぶら歩くので、
まわりに面白いものがないか見る余裕があり、キョロキョロしているように思えます。

これと 似てると思います。
もっと、キョロキョロすれば町は楽しいことで溢れていると思います。
そして、いろんな人が歩いているのにも気付けると思います。
僕らが、見落としているだけのたくさんのこと。
今日、猫とカラスが駐車場の車の上で、並んで座っているのを見てそう思いました。
02:19 | 生活 | comments(2) | -| - |
なんでもない夜の出来事
公衆電話って、減りましたよね。
僕の家の目の前には昔から電話ボックスがあって、
昔はよく不良のたまり場にになってました。

先日、夜中に帰った時に中東系の人が電話してて、
まあ最近はよく、外人の人が電話しているの見るんだけど
その時の、その人はすごい楽しそうだったのです。
遠い国の家族とか、友達とか、はたまた恋人と話しているのかなあ…
と 思いました。
みんなそれぞれにストーリーがあって、みんないろんなこと考えてるのだと
感傷的になりました。

あの人はきっと、普段は慣れない日本の文化で暮らしていて
故郷との時差からして、深夜にしか電話が出来ないけど
あまり長くも話せないけど、
あの瞬間、あのボックス内の幸福感は多分、半端じゃないくらい濃密で、
そういう気持ちがあるから生きていけるんだろうな。

大切な人に名前を呼んでもらったり、
自分の気持ちをただ聞いてもらうことは とても素敵なことです。
公衆電話なんて、忘れ去られていくメディアだろうけど
ドラマ性があると思いました。

自分が一人で旅にでて、すごい寂しい時に家族と話したいな、とか思う気持ち。
携帯ないころ、好きな娘の家に電話してお父さんがでてしまった時の気持ち。
警察とか、救急車呼べる赤いボタンを押してみたかったなぁ、って気持ち。
小さい頃、調子にのって電話ボックス上って、下りられなくなった時の気持ち。
いろいろなことを思い出しながら、
何故か、少し幸せな気持ちで布団に入りました。


02:54 | 生活 | comments(1) | -| - |
欲望のクルミ
この間、アメリカ土産として頂いたクルミを食べて感動した。
おいしさというよりは、アメリカ人の味に対する欲望が凄いと思った。
そのクルミは、クルミのまわりに甘い飴みたいなコーティングがしてあり、
うまいのだが、明らかに身体に悪い。量も半端じゃない。
(多分、販売単位の最小量からいって桁が違うのだろう)
あんなもの、食べてたらすぐに死んでしまいそうな気がした。

さすが、マンハッタンの超高層をつくりあげた国の食い物だと思った。
欲望が直球である。食べたい味をつくる、シンプルだけど傲慢。
昨今の、国際社会での立場を象徴しているよ。
(レバノン侵攻の時のライスさんの発言とかスゴイ印象的だったし)
やはり、国民性はあるのだなぁ と感じた。

まあ、だから月にロケットを飛ばしたり、
アメリカ大陸を発見して住むことができたのかな。
もちろん、いい悪いはそれぞれの価値観ですから。

01:35 | 生活 | comments(2) | -| - |
進化のふしぎ

今年の 恐竜博の副題というかテーマである。
しかし、つまらなかった。
細かい文句はたくさんあるが、一番はテーマと展示がぶれていたように思う。
展示の流れからは、進化=巨大化の謎が今回の軸のようだったけど、
展示の説明の順番がわかりづらい上に、
人気のある恐竜も並べているため、巨大化についての関連性を感じにくい。
会場の構成も単純でわくわく出来なかった。
入り口の年表もデカ過ぎて、なんか展示するネタがないんだなぁ と思わせる…


恐竜というものは地球上にはもういないのである。
展示するネタは年々減っていくだろうし、
見せ方にも限りがあるかもしれない。

しかし、毎年それなりに見応えがあった。
去年は現存するもので世界一のティラノサウルス(複製骨格だけど)のスーさんを
アメリカかから借りてきて、それを軸に 鳥への進化を語るものだった。
一昨年は、発掘や復元にスポットライトをあてていて、
とても興味深く面白かった。親父と行って、あーだこーだ言いながら見れた。
そして、僕は四年前の展示が忘れられない。
2002年の展示会では
会場一発目に大きなスクリーンがあって
『この地球(ホシ)には、まだまだ不思議が眠っている。
 常識にとらわれない目で世界を見る。』と、美しい映像世界とともに現れた。
これですよね。こういうことですよね。
こんなことを、目を輝かせながら 本気で思っている大人がいるのである。
僕は、えらく感動して立ち尽くして涙をこらえたものだった。
(ちなみにこの時も、巨大恐竜(セイモサウルス)の展示がメインだった気がする。)


何で、こんなに腹が立つのかと言えば
いつか自分の子供を連れて行った時に 最高にわくわくできる展示を
みせてやりたいなぁ と思ったからで
小さい時に 本物や圧倒的なものを見せてあげないと なんて
勝手に焦ってたら こんなこと書きました。
関係者からしたら 余計なお世話だろうけど…
まあ、今年の展示は2500円の価値はなかったな。

マスコットのモリー、アニモリー、モモリー 三兄弟の紹介文
ぶっ飛んでます。
http://www.kyoryu.jp/character/character04.php
02:20 | 生活 | comments(0) | -| - |