(株)斎藤模型

『我、思う故に我在り』 自分の存在している証というものは、
自分が考えていることそのものである。
日々、思い、感じたことを言語化するということは、
自分を客観的に見るという意味でおもしろいのではなかろうか。
そして、それがある程度は公的な場であるということで、より整理されていくのではないか。
自己満足的で、自己処理的なブログというメディアに参入する上での宣言文。
平常心をモットーに生きる。
連絡先は saitomokei@hotmail.co.jp
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文字をかくこと
頭で考えていることを 文字にして書いてみる。
何気なく、脈略のない走り書きを書き留めておいたり、
整理しておくことは 大切なんだな。と思った。

自分の考えを、あまり親しくない人に話す場合、
相手が投げかけてきた 質問に答えたり、感想を述べたりする場合
そんな時に 役立つと思う。

会話の中で 瞬発力が求められる時。

日々、何も考えていなかったり
そういう整理をしていないと
いざという時に しゃべることがでてこない。

まあ、自分の場合はだけど。。

昔、尊敬する人が
いきなり 何かを話せと言われても
五分くらいはすらすら しゃべれないとダメだ
と 言っていた。
妙に心に残っている話だが
今は、意味が少し分かる気がする。

自分が迷ったときは
自分が憧れている大人の その年齢に自分がなるときのことを考える。
そうすれば 前に進める気がする。

理由もあって、書いてなかったブログだけど
せっかく年も変わったし もう少し書いて
頭を整理していかねばなあ…

というわけで
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。


23:59 | ことば | comments(2) | -| - |
ことばについて思うこと 2
人がつくった ことばというコミュニケーションの道具。

自分の思ったことを 言えばいいだけ
自分の考えたことを 書けばいいだけ
なのに、なんでこんなにも温度差があるのだろう。
脳みそから 吐き出されるまでの短い道のりで 何かがねじれる。

最近の、自分のことばには あまり馴染めない。
自分の皮膚のように 無意識にしっくりと出るときもあるのに
うそのように ふわふわした文章しか出てこない。
なんでだろうな。

ことばは 生きていると思う。
その時代の 気分や雰囲気で 意味も印象も違う。
もてはやされることば、消えていくことば、変わり続けることば。
そんな波長とずれているのかなあ。

まあ、考えすぎてもしょうがない訳で
動かないとなあ。
確か、こういう時は
手の込んだものを食べたり、ゆっくり寝たり
当たり前の営みを大切にすれば 良かった気がする。

そんなことも 忘れてた。




23:59 | ことば | comments(0) | -| - |
アクマイト光線
いろんな物事とか 時間軸が進むのはまっすぐである。 
と思ってしまって、勝手に焦ったりするんだけど…


やっぱり それだけではないようで、
ぐるぐるしてしまう。
まっすぐであった方が いいんだろうし、そうはしたいけどね。


そりゃあ、起承転結は必要だろうけど
それが 後から見えて納得できるパターンもあると思うんだよなあ。


三位一体モデルって本読んで

思ったのは

何かの現象とか 物事はやっぱり
ふわふわした状態のものが いくつか絡み合ってて
それらがバラウンス取りながら 時間は移ろいで行く。
そういうもんなんだろうなあ。

それを図式化していけば
わかりやすいベクトルじゃなくて
もっと ぐるぐる螺旋な変化。

その瞬間、瞬間を二次元に落とし込むと
三位一体の図になるのだろう。

そのバランスがとれてる時は いい状態なんだろう。
心・技・体 とかいうし。

あ、これも三位一体だ。

22:36 | ことば | comments(1) | -| - |
おひょんさん
ひょんな ことから始めました。
とか
ひょんな きっかけで出会った。
とか

ひょんって とても珍しいことのように使うけど
自分の人生を振り返れば
あらゆることが ひょんなことから始まっていて
実は ひょんだらけなんだという事実。

ひょんは マイナーなフリして実は メジャーな気がする。

人生の繋がりかたって、そう思う。

ひょんなきっかけで始めたブログも、気付いたら4年目。
続けることは いいことだ。


23:59 | ことば | comments(1) | -| - |
ことばについて思うこと
旅していた時、いろんな母国語の国に行った。
そこで 気付いたのは

本当に伝えたいときは
しっかり目を見て 思った事を
ハッキリと 自分のことばで伝える。
シンプルに、シンプルにして伝える。
それが片言でも、伝えたいと思えば
根っこの部分は 分かってもらえるもんだということ。


で、日本に帰って気付いたのは
言葉がわかりすぎるのも不便なんだなあ て

今までは 言葉が全部わからないことで 実は得もしていて
めんどくさい事 とか 細かいルールとか
見逃してもらってきたことが 意外と多くて

日本では日本語わかるから それが通用しないんだよね。
これ、意外と不便。

こういう感覚って 面白いなあ と思うし
ことばには ツールを超えた何かを感じるのである。

23:59 | ことば | comments(3) | -| - |
キツそうに胃が痛い、大概に嘘吐き。
眠れぬ夜ってありますね。

僕は 基本的に寝つきが素晴らしくよく、
眠る場所も選ばないのですが

まあ、眠れぬ夜ってありますね。

この間、久しぶりに眠れなくて、
考えていることも一周してしまって

で、

最悪、羊でも数えようか迷っていたときに

ふと 回文を考えてみようと思って、、、、

意外と出来る。そして 面白い。
まあ、文章の意味の完成度はないけど

・好きに回文、幹部以下にキス。
・イカ神輿の仕込み会。
・ローマ字直す、同じ麻呂。
・貸すマイカー買いますか?
・タブーにタックス、食った煮豚。
・未だに駄米。
・岡 鹿雄。
・キツそうに胃が痛い、大概に嘘吐き。

まあ、くだらない話だけど、、、

いつも こんなこと考えているわけじゃないよ。



回文 ・・・ 上から読んでも下から読んでも
       同文・同文句になるように書かれた文。

                 大辞林 第二版 (三省堂)より



23:59 | ことば | comments(3) | -| - |
世界で一番タフな26歳。
今年も あっという間に12月。
僕の年齢もしっかり一つ増えてるし、
時は確実に進んでいるようです。

一生懸命 時間を使っているつもりでも
やれてないことが 山のようにあるのが不思議で仕方がない。

そんな時に 友達の日記とかを見ると
自分もまだまだだなと 感じる。

でも、
地球の裏で 懸命に何かに打ち込んでいる友達がいるというのは
何だか励みになる。


どんなに小さなことも見落とさずに、吸収していきたいと思う毎日。
来年も精一杯 生きたいものです。

世界で一番タフな26歳への道はほど遠いな。

では、来年に会いましょう。



23:59 | ことば | comments(6) | -| - |
家族の単位
最近、単位に興味がある。
人という単位について 考える。

人の最小単位を個人とした場合、
日本においては 個人の次に大きな単位は家族になるのかと思う。
これは 初めて社会性という意味合いもはらんでくる。
家族との過ごし方、家族構成が
家族よりも 大きい単位に属したときの、
個人の振る舞いに与える影響は大きいはずだ。

何となく 兄弟や家族での立ち位置は
学校とか 友達、会社での立ち位置に似てくる気がする。

例えば、僕は姉のいる 末っ子だから
弟のいる女の人や 長女タイプの人は話しやすいし 分かりやすい。
末っ子、一人っ子臭にも 敏感だし、後輩よりは 先輩の方が楽だ。
まわりが 年上ばかりで育ったもので…

そして、この事が社会のルールや、建築、モノ、はたまた都市の形成にまで
ひびいているような 気がするのだ。
これが 文化なのかと思うと興奮してくる。

うーん、すごい当たり前のことを 言っているのだが
これが当たり前だと思えば、思うほど
何か根本的なことを 見落としてしまう気がする。


例えば、奥さんをたくさん持つ家庭。
住む機能のいくつかを共有しながら生活する共同体の人々。
親がいないので たくさんの子供達で住んでいる場所。
家族の単位に類するものも、世界では多様化する。

人間社会の 根底のコミュニティの形式が多様である事が
社会の多様性につながっているのだと思う。

個が目立つ国、個が浮いてしまう町。
男が全然働かない町、老人の元気な町。
社会主義の国の町の建物とか、地下通路のかたち。
計画的に植えられた樹木の不自然さ。

全ての事に 大きな要素が絡んでいて 安易なことは言えないのだけど
基礎の単位の形成の仕方が、影響を与える事はたくさんあると思う。
まあ、もちろん逆側の影響のベクトルも然りなんだろうが…

で、考える事は

今、世界は 多くの単位のかたちが変化しようとしていると感じる。
日本で言えば、家族は個へと微分されていき、
学校も縮小し、会社という単位の消化も 早まっている。
日本という大きな器が 安定を感じられないのも
足下がぐらついてるからだろうか?

多分 人の歴史が大きく動くのは
社会の単位が 変化するときではないか?
まあ、革命なんかは 既成の単位をぶち壊す事とも言える訳で…

そこで 今の日本なんかを 落ち着かせるには
どうすればいいのかって 考えると
やはり 家族とか小さなコミュニティなんだと思う。
この単位内で うまく振る舞えないと
単位が大きくなってもうまく対応出来ないのではないかな?

うーん 学校や社会のせいにする前に
自分の家族に対する態度を 見直すのが一番ではないかな。


いやー すごい雑記だ。
最近、テレビを見る機会が多く そんなん感じました…

殺人とか、虐待とか、給食費とかさ 何だかな。
00:01 | ことば | comments(2) | -| - |
帰国、二月の憂鬱、そして 行ってきます。
突然ではありますが 実は帰国しています。
何ぶんにも緊急で、そしてすぐに再出発をする予定であること。
それ故に、みんなに連絡していません。
僕個人としては 不本意な帰国であったのと
旅をキチンと終わらせてから みんなに会いたかったので
大切な人たちへ こんなカタチでの報告で申し訳なく思います。

言い訳をすれば 不安定な状態なのです。
いろいろな 感情が渦巻いております。混乱?
正義とか、悪、人、死、生、時間、運命、モノ、命…キリがない
思考の振れ幅が今までの許容量を遥かに飛び越えて
今の僕の肉体を、上から見下ろしている。
心と体が充実するとは、難しい事だ。
空虚と思考の繰り返し。繰り返される諸行無常。
とは、いえ 大抵は元気一杯なんだよな…

いや、むしろ そういう状態を抱え込んでいる事こそ 
真に生きるということなのだろうが…

前に ビル・ゲイツが
あと数年の間に 全てがデジタル化する時代がくると言っていた。
人の情報も、何もかも。
はて?と 思う。
人って何で出来ているのか?心、体、状態、脳みそ、遺伝子、
そういうことが 全てデータ化されて
精神状態や 心のことまで 小難しい単位がつけられ
人と比較され、保存され、複製される時代が来るのだろうか?
地獄である。

少なくても 人の心の状態なんて 数値化出来ないし
共有しにくい事であるからこそ みな 苦しむのだ。

僕は 最近、自分が あまりにも知ったつもりになっていたことの
多さに愕然とした。
世界の事も、身近な事も、当たり前も。

まだまだ 学ぶべき事も、考える事もたくさんあるなあ…


ということで もうすぐブラジルに向け再出発です。
日本が暖冬と言うのは 本当だったなあ。
23:59 | ことば | comments(7) | -| - |
HYPER ACTIVE
あけましておめでとうございます。
たまには、リアルタイムの更新をします。
今はグアテマラのシェラという町にいます。
でも、幸せなことに 年越しそばも、お雑煮も食べられました。
お年玉があれば完璧でした。

僕は、ある時期から正月にその年の目標を掲げてきました。
題名は 僕にとって人生で大きな変曲点であった 浪人時代のもの
なかなか イモ臭いですし、ノリでつけた部分もあったのですが 
かなり思い入れがあるし、その時代を過ごした親友たちとは 
ある種の共通認識でもあると信じています。

去年は僕にとって 決断の多い年であったし
自分の人生のこと、家族のことで大きな変化もありました。
そして今年 僕にとっては勝負の年となるでしょう。

僕は自分の人生でやるべきことを探すのに25年もかかってしまいました。
だけど、去年は、今までにはない覚悟と決断で何をしたいかを考えられた一年でした。
今年からは それに向かって突っ走ればいいだけです。

後厄だった去年。年末はけっこう不運が重なり、
旅の予定を中幅に変えねばならぬ状況にもなりました。
でも、その状況ごとに できる範囲の決断をしていく態度は身についたと思うし
ある種、身体が元気なことを思えば幸運であったとも思います。


今年も 自分の興味のアンテナを緩めず、
ちょっとではなく、すごく活動的に生きたいという思いから
このことを書きました。
身の回りの環境に感謝の気持ちを忘れずに、良い年になればと思います。

今日は新春登山です。富士山より4m低い山。
無事にご来光を拝めればと思います。

それでは、みなさん今年もよろしくお願いします。
23:59 | ことば | comments(6) | -| - |