(株)斎藤模型

『我、思う故に我在り』 自分の存在している証というものは、
自分が考えていることそのものである。
日々、思い、感じたことを言語化するということは、
自分を客観的に見るという意味でおもしろいのではなかろうか。
そして、それがある程度は公的な場であるということで、より整理されていくのではないか。
自己満足的で、自己処理的なブログというメディアに参入する上での宣言文。
平常心をモットーに生きる。
連絡先は saitomokei@hotmail.co.jp
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アメリカ一万マイル
アメリカでの移動距離は一万マイルとちょっと
文字通り、深夜特急といった感じの旅であった。
そこで、感じたことを、まとめてみようと試みます。


僕は、昔から 地方出身の友人が、自分の故郷の話をするのがうらやましかった。
東京で育ち、今も住んでいる僕には 具体的な故郷というものがない。
しかし、田舎の夕暮れや、田んぼのあぜ道、緑豊かな山や川には 心が締め付けられる。
そこにあるのは哀愁であって、
寂しさを感じてはいても、それは孤独や不幸ではない。
それはきっと、日本を生き抜いた先祖の遺伝子や、その土地に染込んだ記憶が
僕の心の中で、反応しているのだと思う。

人は心の中に拠り所となる故郷が必要なのだと思う。
人は木の上で住むことをやめ
土地を耕し始めた頃から 安定して住める場を求めてきたと思う。
心安らげる 故郷の存在は大切なのだ。

アメリカに住む人の祖先は、何らかの理由があり祖国にいられなくなった人や
新天地を求めてきた人、奴隷として強制的に連れてこられた人たちだ。
すなわち、故郷を捨ててきたのだ。(もしくは、捨てざるをえなかった)
だから、彼らには、心の故郷や 土地に染込んだ哀愁がないのではないか。
それ故、アメリカは自分の歴史を作るのに必死なのだと、感じる。
それは、前に進まなくてはいけないという 義務感にも似た心情。
そうでなければ、あの広大な土地に道路や線路を張り巡らし
あんなにたくさんのビルは建てられないと思う。

アメリカにはフロンティアスピリッツというものがある。
西部開拓、アポロ計画。
当時の映像や資料を見ると、その団結力、モチベ−ションは計り知れない。
彼らは前に進むことで、余計な事を考えないようにしていたのではないか?
過去との決別、歴史を持つ国々への劣等感。

そして、その広大な土地すら食いつくし、月に旗まで立て
莫大な富と軍事力を得たアメリカは 今何を目指しているのか?
自らのアイデンティティのために他国を攻めるのか?
彼らのフロンティアスピリッツは歪んできているのではないか?
ベトナム、イラク、北朝鮮ときりがない。
そりゃあ、石油はどの国だって欲しいだろう。

国という途方もない大きな仕組みにおいて
国の意思と、そこで生活している人との間にはギャップがある。
それは、どこでもそうだし
ある程度は仕方がないことだ。
アラブやアジアを旅して見た現実。
民主主義のほころび
宗教の違いによる 価値観の差
アメリカに対する嫌悪感。
そして、アメリカで感じた 国と国民のギャップ。
あらゆる面で 二極化されてると言わざるをえないアメリカの社会。
何か大きなものが、切り離されて暴走しているという印象。

アメリカは何を求めているのか?と見に来たアメリカ。
しかし、それを一番知りたいのはアメリカ自身なのかもしれない。
何かを求めなければいけない、歴史をつくらなくてはいけない
進まなければ、先頭に立たなければいけないという脅迫概念に覆われている。

僕はアメリカは止まらなければいけないと思う。
自分たちのおじいさんや、おばあさんがしてきたことをもっと見直し
さらには、本来そこに息づいていたインディアンたちの記憶、世界を学ぶべきだ。
そうすることで、自分たちの心の故郷を
アメリカ独自の故郷をつくればいいと思う。

国際社会では、良くも悪くも、アメリカの占める位置は大きい。
アメリカの暴走が世界に与える影響は大きいのだ。


いろいろとえらそうに書いてきたが
これは、日本とて同じことである。
日本も止まって、思い出さなくてはいけないことがたくさんある。
自分の先祖が、考え、体験したことを知るのは大切な事なのだ
戦争のことももっと知るべきだし、独自の文化もそうだし、
もっと魚を食べるべきだし、
もっと木の家に住むべきだし、
自分たちの体に合った 服を着ればいいと思う。

大きな風呂敷を広げたくせに、僕が出せる答えはこんなものだ。
だけど、そんな次元のことが大切なんだと思う。


何で、そう思うのか?
それは、そう感じたからである。
違うと思うと言われれば、反論できないし、そうなのかもしれない。
でも、理屈ではなく、そうするのがいいと感じるのだ。
僕は 経験を通しての自分の直感は信じる。
というよりは、信じるべきだし
そうすることで、僕という人間が出来ていくのだと思う。

だから、感じたことを思うままに書いてみた。
アメリカにきていろんな場所に行き、いろんな人と話した。
僕が思ったことなのだから、それは正しくも、間違ってもいないと思う。
だけど、僕の理解や知識、文章が未熟で、矛盾をはらんでいるために
不快な思いを抱く人がいるかもしれない。
その点については、申し訳なく思うと同時に
間違って解釈している点があれば指摘して頂きたい。
勉強したいと思います。
23:59 | 旅(北米編) | comments(1) | -| - |
グランドキャニオン
グランドキャニオンの赤い土に残るたくさんの足跡。
180度反対方向の足跡をつけながら谷を上る。
さっき、僕が谷を下ったときに つけた足跡が消されていく。

道というものは 元来、存在しないものだ。
人が行ったり来たりする。その小さな繰り返しが道をつくるのだ。
こんな当たり前のことだが、
グランドキャニオンという武骨な土地に出来た道を思うと感慨深い。

人生の道とて同じことだと思う。

誰もやったことないことをするのは大変だ。
そこに道はなく 自分で切り開かなくてはならない。
しかし、そこには誰も見たことのない景色が広がるのでしょう。
でも、一歩間違えれば たちまち帰ってこれなくなってしまう。

みんな歩いている道は、歩きやすくて迷いにくいかもしれない。
しかし、そこに喜びや楽しみを見出すには何か別の努力が必要だろうし、
人間は安定を求めておきながら、安定が続くとそこに疑問を抱き始める。

別に、どっちがいいとかで言うわけではないし、
どっちが良いとか 考えること自体おかしな話だ。
そもそも、こんなこと二極化して考える必要もない。

詳しい内容は忘れたけど
「ビッグフィッシュ」て映画があった。
ユアン・マクレガ−(名前合ってるかな?)がいろんな道を歩いてた。
幸せそうだけど チグハグな場所。
困難で険しくて、変な虫とかいる森。
なんか あんなイメ−ジ。
いろんな道を見れたら幸せだと思う。


余談
具体的な生産行為、すなわち 何かをつくるという事は精神を安定させる。

旅をしていると、こんなことしてていいのかという疑問がよぎるときがある。
旅というのは、なんというか
いろんな出来事や感情、知識を溜め込む作業で
(ものづくりという次元においての話)
後々、アウトプットする時のためのレベル上げみたいなもんだ、と思う。
だから、手を動かさないことに不安を感じる。
僕は 働くことが嫌いでないし、忙しい方が好きなので
焦ったりもするのだ。
(この辺の切り替えの下手な部分が嫌いだが、これは性分なので仕方がない)

そんな時は、手間隙かけて料理をつくり、それを食べる。
日記をつけるときに、切り貼りしたり、絵をかいたりする。
何か具体的なものをつくると心が安らぐものなのだ。
23:59 | 旅(北米編) | comments(2) | -| - |
フォ−トワ−ス
有名な建築を見に行くと、やはり建築関係の人にほぼ必ず会う。
ファンズワ−ス邸にも、落水荘にも、キンベル美術館にも
日本人の建築家がいたし、(しかも大抵は団体で来ていた。)
みんな床に這いつくばって、いろいろ見ていた。

そんな中、韓国人の建築を学ぶ学生と出会った。

彼は「安藤忠雄がボクサ−なのは本当か?」とか
「彼は大学行ってないのは本当か?」とか聞いていた。
さすが、世界のANDO、そんな話まで海を渡っているのかと驚いた。

彼は 僕と同い年で大学四年生らしい。
一瞬、「あれっ?」と思ったが
韓国には兵役があるのを思い出した。
彼も 「そうか、日本には兵役がないんだ」といった感じだった。

兵役がある国と、兵役のない国。
2年という月日の長さを思うと
生まれ育った それぞれの国の当たり前にしては大きいと思う。

改めて、日常で何気なく受け入れている当たり前の怖さ、
若者が兵隊にならざるを得ない世界の愚かさを考えさせられた。


余談
フランクロイドライトにまつわる二つの話。
・グッゲンハイムNYは外観が工事中…
 来年、ザハの展覧会があるらしく、内部空間は改装中…
 僕が見たグッゲンハイムは 足場で囲われたものでした…
・ライトの年表を逆算すると
 ライトは奥さんの亡くなった、16日後に他界したようだ。

「でっ?」て感じですが、
いや、ただそれだけです。
だって、余談だもん。
23:59 | 旅(北米編) | comments(1) | -| - |
ヒュ−ストン
 お話は続く

・海外では一般的に歯医者さんの医療水準は高くないらしく
 ちょっとした虫歯でも、平気で抜かれてしまったりするらしい。(しかも勝手に)
・海外旅行保険では事故でない限り、歯の治療費は保証されない。(しかも高額)
・そして何より 歯痛は、全ての思考を妨げ、
 モチベ−ションを落とす。(しかも体は元気なのだ)

以上の理由から 歯には気を使ってきたはずなのだが 様子がおかしい。
これから南下していくことを考えると、ひどくなる前に手を打ったほうが得策と考え、
歯医者へ向かう。

その時のこと

お医者さんに事情を説明して、診察が始まる。

「旅の途中なんだって?どんなとこまわってるの?」
「はあ、今はアメリカをまわっていて、この後メキシコ、中米、南米に向かいます。」
「いつ帰るの?」
「お金がなくなったら帰るので、まだわかりません。」

やたらと旅に興味をもつ歯医者さん

「そしたら、もう治療できないかもしれないからいろいろ見といた方がいいね。」
「ふぁい、お願いしまふ。」

日本と違いかなりアグレッシブな治療が始まる。

「本来なら、初診料が40ドル、クリ−ニングで80ドル、レントゲンで80ドル
 なんだけど、今回は特別に無料にしてあげるよ。」

「?」 一瞬 言ってる意味がわからず聞き返す。

「だって、旅の途中じゃお金ないでしょ。
 実は僕も若い頃は、リュック背負って旅してたんだ。
 でも、南米には行きたかったけど、行けなくってね。
 だから、がんばって いろいろ見てきてよ。」
「!!!!!!!」

こうして幸運にも、無事に治療を終え、
綺麗な海の絵葉書を送る約束をして ヒュ−ストンを後にした。
しかも帰りは受付のお姉さんが車で送ってくれた。
ありがとうございました。

同郷であったり、何か共通点があると
初対面でも なんかしてあげたくなったりすることがある。
しかし、金額もさることながら
気持ちがうれしかったし、
ポ−ンと、無料でいいよという姿に恩着せがましさなんて微塵もなく
気持ちよく笑顔で送り出してくれました。
とても 嬉しかったし 自分もいつかは誰かにこの気持ちを返さねばと思った。
やはり、旅人はいいな。


余談
みなさんお久しぶりです。
いつも コメントありがとうございます。
とても励みになります。はい。
実はもうメキシコに入り 二週間ほど経ちます。
ネット自体にはたまに触れるのですが、
いかんせん、日本語が打てる場所が少なく
(というよりは、スペイン語圏なので設定がうまくいじれない)
実は一ヶ月ぶりくらいに更新します。
だから、日付と内容にタイムラグがあります。

日本語の文章をつくるのが困難です。
英語もスペイン語もしゃべれないのに
日本語までダメになって 僕のアイデンティティはどうなるのでしょう…
それでは、また。
23:59 | 旅(北米編) | comments(2) | -| - |
ポストマン・ブルース
真っ白な四角いトラック 青い文字
ポストマンは 走っていくよ
ポストから ポストまで
我が町から 君の町まで

ポストの前で迷っていると 現れた
注意書き読んでたら 現れた
Bob Marleyみたいなおっさん 現れた
ヨレヨレのトレーナー着て 現れた

僕が駆け寄ると「手紙かい?」と窓から顔出し
鞄をあさってる間「ゆっくりでいいよ」と、タバコをふかす
手紙を渡せば 異国の文字見て目を細める
去り際に 親指立てて去ってた。「Good Luck」だって

真っ白な四角いトラック 青い文字
ポストマンは 走っていくよ
ポストから ポストまで
我が町から 君の町まで

ポストマン あの手紙は昨日、家族に届いたそうです。
23:59 | 旅(北米編) | comments(4) | -| - |
不揃いの3ドル
一時間に一本あるかないかのバスがやってくる。
田舎の停留所は寒いだけで 何もない。
運転手は遅れていることなんて 一向に気にしてない様子。
運賃は3ドル。僕は運の悪いことに20ドル札しか細かいのがなかった。

「すみませんが、お釣りありますか?」
「ないよ。その辺で両替してきな。」
「向こう二、三マイルは、お店なんかないし 第一、待っててくれないでしょ」
「そんなこと、知らないよ。」
「でも、このバス逃したら、次いつくるかわからんし あーだ、こーだ」
「…」無視し始める運転手。

そこで、僕は 乗客のみんなから両替が出来る人を探し始めた。

「誰か この中で20ドルくずせる方いますか?」
すると、同じく旅行者風のおじさんが
「うん、僕もさっき使っちゃったからな、
 でも、コインならあるよ。」
さらに、横に居たクールなお姉さんが
「あなた、旅行中でしょ。いくらあっても足りないんだから
 20ドルはとっておきなさいよ。」
と、1ドルを差し出し、僕の20ドル札をしまわせる。
奥のおばさんも 言葉こそないけどコインをくれる。
無表情だけど、コインをポケットから探す姿は 愛嬌たっぷり。

こうして、みんなから集められた3ドルは
しわしわの1ドル札、25セント、5セントコインの寄せ集め。
この不揃いの3ドルが、僕にはとても輝いて見えました。

僕は、誇らしい気持ちで 料金を支払いました。
相変わらず、運転手は興味なさげに 合計金額だけ確かめていました。


世界には 本当にいい人と悪い人がしっかりいる。
そして きっちり両方の人に ぶちあたる。
悪いことは書いてても しょうがないので
少し 楽しかったことを書いてみました。
23:59 | 旅(北米編) | comments(6) | -| - |
ワシントンDC
ワシントンには、スミソニアンという
博物館ばかりある場所があります。

そこの航空宇宙博物館の別館にある「コンコルド」の実物が見たくて
行ったときのこと。

そこには エノラ・ゲイが展示してありました。
皮肉にも その隣にあるのは月光をはじめとするゼロ戦四機。
特攻隊が使っていた機体とともにある 
広島に原爆を落とした、銀色にイヤラシク輝く巨体 エノラ・ゲイ。

僕は とてもいたたまれない思いになりました。
外人が横を通り、「oh! KAMIKAZE!」とか言っていると湧き上がるこの気持ち。
僕に何が分かるではないが、あんたに分かってたまるか。と思ってしまう。
それだけで、彼らの決死の覚悟を踏みにじられた気になってしまう。
不可解な気持ちがあふれ出る。
これは、僕の日本を愛する気持ちが、芽生えさせるのだろうか?

このことで 思い出されるのは中国、韓国との関係。
戦争当事者でない世代による 終わりなき議論。
彼らの根底にあるのはこういう気持ちなのかと思った。
もちろん、教育、政府の内政へ目を向けさせないための政策 等々
あるだろうが 自国を愛する気持ちが他国への憎しみになっていくのは
悲しいし、方向性として健全ではないと思う。
そして、そのことは他人事ではなく、僕の胸にもあることで
それを どう処理していくかが課題なのだろう。


神風特攻隊は
KAMIKAZE suicide attack と英訳されてました。
僕と同年代 もしくは年下であろう彼らのことを
思うと生まれる 言葉に出来ない気持ち。

平和に、自由に生きておきながら、
そこに精一杯がないことが、どんなに恥ずかしいことかと思う。
23:59 | 旅(北米編) | comments(1) | -| - |
旅のかたち
最近、ノートパソコン持っている旅行者を見かける。
まあ、純粋なバックパッカーでは、まだまだだけど
ドミトリーに平気で持ち込んでるのをよく見る。

そして、最新曲をダンロードし、写真を焼き、映画を見る。
ホームページの更新も出来るし、メールもやりたい放題。
うん?これって、普段の部屋の生活と同じではないか?
すごいことだ。電源があれば、
昼間は観光して、夜には日本に居る時と変わらない。

要するに、普段の生活で使うアイテムがパソコンに
圧縮されれば、されるほど
部屋の境界は、溶け出して 世界に広がる。
自分専用の部屋に固執しなければ、自分の家なんてあってないようなものだ。
『東京遊牧少女の包』(伊東豊雄のやつね)の世界だ。

僕が旅を始めた頃、デジカメ持っているのが驚かれたもんだが、
時代はどんどんシフトしてます。
僕はもはや オールドタイプの旅人です。

まあ、どっちがいい悪いではなく
大切なのは自分のスタイルで旅することですね。
ツアーでもパッカーでもチャリラーの人でも
スタイルを持った旅人には旅情が溢れるもんです。


余談
アメリカはネット先進国なので
まあ、インターネットには困らないだろうと思っていたが
とんでもない落とし穴があった。
進みすぎていて、みんなノートパソコンを持ち歩いているため
まちかどにネット端末がない。あるのはFree Wifiばかり。

これには困った。
図書館ではパスポート見せれば使わしてくれるのだが
設定いじれずに、日本語が打てない。(周りのおっさんはみんなエロ画像見てるし)
ホステルのは、下手したら日本語すら見れない。

そんな中、NYのマックショップ(ハンバーガーじゃないよ)は違った。
無料で好きなだけネットできる上に、設定がどフリー。
おかげで、日本語設定に変えて、こっそりCD-R焼いて、
フォトショで写真加工してブログまとめて未来の分まで更新したった。
あー、やっぱりマック派(リンゴの方ね)で良かった。
マック万歳!マックマンセー!
23:59 | 旅(北米編) | comments(1) | -| - |
ニューヨーク
すごいまちだよ、建築はみんなニョキニョキ欲望のまま伸びていき。
高級ブランドのショーウィンドウが立ち並ぶ。
構造的に不安なくらい長いリムジンが黒光りながら走ってる。
そのくせ、足下はゴミくずや汚れにまみれ、
オンボロのバスがすごい勢いで交差点を突っ切る。
地下鉄やマンハッタン中心のはずれの路地など散々たるもんだ。

いろんな言語が飛び交ってるし、本当にいろんな人がいる。
考え方も、当たり前もみんな全然違う、と感じる。
だけど即 馴染んでしまう柔軟性があるまち。誰がいても不思議じゃない。
9.11が起こったまち。そんなこと気づかせないまち。

なんて吐き気がするまちかと思った。
全然面白くないとも。

そんな中 昨日、レント(親友に勧められるがまま、映画を見ていつのまにか
僕の中でも大切な部分を占める何かになってしまった。)
のミュージカルを見に行った。

そこで、思ったこと。
このニューヨークは現代の野生の姿なのかと
僕らが 森や自然を思う野性の世界には、もはや多くの人が適応できないだろう。
現代の人間が生きる、人間が作り上げた自然がこれなのかと。

♪ 意思持ち 輝き 一人で全部だ
  100年たったら ウンコも残らない ニューヨーク ♪

               ザ・ハイロウズ   「ニューヨーク」






余談
この間、お酒を飲んだ帰りに 
松屋に行きたいと ふと 思ってしまった。
一番初めに恋しくなる日本食が、これとは…

クロマニヨンズのアルバム聞きたいよー。
23:59 | 旅(北米編) | comments(5) | -| - |
シカゴ
私達は、この世が視覚的にだんだんと憂鬱な場所になりつつあるという現実に直面しているが、これは恐らく『積極的に醜い』物が出現したというよりは、むしろ退屈で何の変哲もない物が幅をきかせているためである。近代の人間の作り上げた物を見て、心が喜びに震えたり、ちょっぴり気分が良くなったり、幸せになったりすることは余りにも稀である。
それに引き換え、18世紀の工業製品の大部分は、どんなに粗末でとるに足らないような物でさえも、私達の大半が好ましいと感じ、時には比べようがないほど美しくみえる。

<中略>

人工の物はそのほとんど全てが、何等かの意味である種の構造物である。そして、大部分の構造物は、元来美的な感情をもたらすことを目的とはしていないにせよ、感情的に中立の表現というようなものは有り得ないという認識を持つことは大切なことである。表現の手段が話すことであれ、文章であれ、絵であれ、工業デザインであれ、このことは言える。意図するしないは別として、私達がデザインし制作するものは、一つ残らず、その明らかな合理的目的を越えて、善きにつけ悪しきにつけある主観的なインパクトを持つ。

J.E.ゴードンの『Structures』より抜粋

友人のブログ
http://riverocean.exblog.jp/4814735/
に対する僕なりの共感をかたちにしました。

僕は、時間の風化に耐えたものには、独特の質があると思うし
ノスタルジーやセンチメンタルも含め上記のことが全てではないと思うが
とても共感できる。
要するに、現代の物の多くは 料理本のように
本に載っている物のコピーを作り続けているだけで
ある種の、創作が余りにも少なく、
過去のものには、陳腐なものにも魂がこもっているものが多かった。
それ故、自然に美しいと感じられるものも多かった。
というようなことが書いてあるのだが。
特に、僕らコピー&ペースト世代には、よく当てはまるように思う。

この旅に出てから、毎日 十何マイルと歩き、まちと建築を見てきた。
上述したこと、ブログの内容にひどく共感を覚えるのだ。
魂のこもったものには、言語も国境も超越する何かがある。

シカゴは建築の宝庫で、
ミースからライト、OMA、ゲーリー、高層ビル、何でも来いだ。

初めて見たOMAの建築は驚きの連続だった。
次元が全く違う、確実に現代建築を変えてしまったと思う。
大きい空間から、身体スケールの空間までのきめ細やかさ、
人の見え方や、空間のつながり方もとても楽しい。
何より、そこにあるべき空間としてある。
そこに来る人のために出来ているのだ。
それは、図書館とか学生ホールというプログラムのあてはまらない
一対一の場の形成なのであろう。
テクスチャーの細かさから家具のセンスまですごかった。
いい意味で、模型からそのまんまスケールアウトしている。
(もちろんこういう建築だけがいいとも思わない。
 建築を作る上で、視点は多様であるべきで、新しい空間体験
 だけをもとめるのは、如何なものかとも思う。)

そして、ミースの空間との出会いも僕にはとても大きかったように思う。
産業革命があり、鉄やガラスでつくったファンズワース邸やクラウンホール
あの当時には、かなりのインパクトがあったのでしょう。
今でこそ、コピペされ尽くされている、基本形の空間も初めてやり遂げた
センスは もうカッチョイイと言うしかない。

前にも書いたけど、人の文化というものは
残されたかたちや、物もそうだけど
それを、つくりあげた情熱や魂にあると思う。
そして、それを繋いでいくことが歴史になるのだろう。
もちろん、文化や歴史を否定して生きることも出来るけど、
僕自身は、そういう物に触れて生きていきたいし、作っていきたいと思う。
熱い志をここに書き留めておかなければ、明日には面倒くさくなってしまう。





余談
アメリカは物価が高いので自炊をけっこうしている。
リュックの中には、
タマネギ、じゃがいも、にんにく、塩、胡椒、オリーブオイル、パスタ…
まるで、夜逃げのようでもあり、もはや家の最小単位ですな。
03:52 | 旅(北米編) | comments(0) | -| - |