(株)斎藤模型

『我、思う故に我在り』 自分の存在している証というものは、
自分が考えていることそのものである。
日々、思い、感じたことを言語化するということは、
自分を客観的に見るという意味でおもしろいのではなかろうか。
そして、それがある程度は公的な場であるということで、より整理されていくのではないか。
自己満足的で、自己処理的なブログというメディアに参入する上での宣言文。
平常心をモットーに生きる。
連絡先は saitomokei@hotmail.co.jp
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アキレスと亀
人生が一度きりか、何回かあるかなんて分からないけど
マチスの生き方を否定できないし
憧れない理由もないと思う。
でもね、それだけでもないなあ と思うのも事実。

これだけ 思い出すタイミングで
見方が変わる映画って 面白いなあと思う。

まあ あらゆることに二面性があって
それが 堂々巡りのいたちごっこで
アキレスと亀みたいに パラドックスになっている。

で、結局
夫婦関係でも、描く絵と画商の関係でもいいんだけど
みんな そんな風で いいのか悪いのかとかで ゆらいでんだけど
やっぱり 何より生きてることが 一番強いし
説得力があるなあと思った。

なんか、たくさんの人が死んじゃうけど
最後のマチスの姿は やっぱり強い。
生きて行動しているのに 勝るものはないのかもなあ。
と思いました。
とても面白かったです。


23:59 | 映像 | comments(0) | -| - |
そして明治へ
『新撰組!』を見た。ずっと見たかった。
NHK大河ドラマ。全部で49話。文句無く良い。

僕は、幕末から明治維新にかけての日本が好きだ。
好きというと語弊があるが、好きなのだ。
単に、時代の持つ悲壮さや、過激な史実を手放しに面白がるのではなく。
その頃の歴史を知る事で、意識や考え方に変化が生まれる。
司馬遼太郎の言葉を借りれば、
『新興国家時代の日本人のある種の能力 もしくは
 ある種の精神状態について そぞろながらも考える』
事で 得るものがたくさんあるのだ。

300年という長いひとつの時代が終わり、
日本という、国という意識が生まれた。
階級社会も大きく変わり、開国する事で
戦争の仕方が、文化が変わった。
武士は刀を捨て、牛を食べ始め 外人達が町を歩き出した。

社会を構成する単位が、大小問わず大きく変化して、
正しいこと、明日の見えない状況だったに違いない。
明確な敵がいない、正義が不安定な危うさ。
誰しもが信念に酔い、誰しもが信念を疑っていたのだろう。

その中で、時代の大きなうねりをもろに受け、
翻弄された僕と同世代の人間、組織の生き様。

時代の不条理さ、葛藤の振れ幅、時間軸の急速な変化。
それでも、自分達の道理を通す事を第一とした集団。

僕は僕の時代を生き、思い、考える。
先人の生き方に、共感し、疑問を持ち、比較する。
それは、その時代時代で繰り返された事であり、
これからも、繰り返されるであろう事。


ここで、考える事は
今も時代は 大きなうねりの中にあると思う。
世界統一国家といいつも、個になっていく単位、
通信、デジタル、地球環境… 大きな変曲点だ。
そんな時代を生きているのだ。
自分がすべき事、それが社会に与える影響力の大小ではなく
どう、道理を通すかという事、
未来に対して、過去に対して、今 どのように振る舞えば
自分が納得でき、バトンを残せていけるのか?という事だと思う。


新選組 ! 完全版 第壱集 DVD-BOX
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新選組 ! 完全版 第弐集 DVD-BOX
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そして、出演者の人たち。
顔つきや、目、声、佇まいが、時とともにありありと変化するのだ。
それは、振る舞い方から肌で感じれるのである。
一人の人物に感情移入するのではなく、
新撰組という組織に対して、隊の一員のような連帯意識が生まれる。

史実上でも烏合の衆であったという新撰組、
ドラマ内でも 初めのうちは文字通り寄せ集めという印象が
最後には、これしかないと思わせる。
史実とのズレ(そもそもどれが本当かなんてわからないのだ)
もどうでもよくなる。

!マークのついた 新撰組!という解釈なのであり
ひとつの視点なのだ。

三谷幸喜って人は
自分の個性を理解し、受入れている人たちを
配置するのが、本当にうまいんだろうな。

今や、バラエティを見ていても
『局長!』て、思わせる力…




23:59 | 映像 | comments(4) | -| - |
THE WAY THINGS GO
という映像作品を見た。こんな衝撃は
イームズのPower of Ten 以来です。

何というか、ピタゴラスイッチの激しい版というか。
バックトゥザフューチャーのドクの目覚まし時計みたいなもの。
ひとつの動きが どんどん次に繋がっていくあれ。

これは そのつなげる先のモノが固体だけじゃない。
液体、気体だけでもない。
ありと、あらゆるものがでてくる。
(ただし、使っているものは生活用品だけ)
音、光、熱、ぬるぬる、べちょべちょ、どろどろ、ドッカーン、…
あらゆるものにボーダーがなく、エネルギーが保存されていく


これを見ていると 生命のエネルギーというものや
人間の感情やらなんやらも 長い時間軸の中で
変化していても、所詮は保存されていくのかと思う。
つまり、ある一定の気持ちや、感情、命が
いろんなうねりの中で変化しているだけなのかな と

そうなら、いろんなネガティブな気持ちも
もっとうれしい気持ちや、楽しい気持ちに
変化させていった方が 得だよなー なんて思います。
徳をもって怨みに報いる。というのも
そういうことなのかと思います。


Way Things Go
Way Things Go

23:59 | 映像 | comments(0) | -| - |
ゆれる
人の気持ちは簡単にゆれる。
どんなに信念があっても、どんなに覚悟があっても。

『ゆれる』という映画がありました。
最近、ふと思い出すので 少し書きます。

言葉に出来ない、人の心の根底にある
弱さから強さへの 振り子のゆれ
愛情から憎しみへの 振り子のゆれ
同情する気持ち、惨めな気持ち、どうでもいい気持ち…

振れ幅が大きければ、大きいほど
僕らは 戸惑い、苦しみ、困惑する。

日本人は多くの人が宗教を持たない。
よって、心の拠り所が多様であると思うし
ある種、浅いのかもしれない。
しかし、同時に感情の深みを感じる。

楽しい映画ではないけど、こんな
見終えた後、心にぽっかりとした気持ちが残る邦画が好きだ。




いろんな水の表現があったけど
兄貴がガソリンを注入するときに
弟はベッドの中に居て 女の子を抱いている。
象徴的で 印象に残ったな。
23:59 | 映像 | comments(2) | -| - |
第一回 一人映画祭
最近の文章を読み返すと若干マッドな感じがしますので
軌道修正の意味を込めて
最近、見た映画を通して考えたことでも書こうと思います。


『かもめ食堂』
あんなに幸福な映画はないですよね。ゆっくりでふわふわしてて、
みんなで空気をつくってるけど、無理している人がいるとは、感じさせないのです。
平熱であることの素晴らしさ。
最近、体調を崩していたもので やはり健康(平熱)でないと
日常のちょっとしたことが、楽しめません。
ちなみに僕は、もたいまさこさんのトリ柄のシャツが欲しくて…
調べたけど、「ホコモモラ」て服で女の子用でした。
来世で着るしかないですね。

かもめ食堂
かもめ食堂



『THE 有頂天ホテル』
個性ってよく聞きます。
教育問題とかでもよく話題になります。
頭の悪そうなコメンテーターがよく、伸ばせとかいってるヤツ。
僕は、最近思うのですが 
個性は伸ばすのではなく、受入れるというか認めるというか
もうとっくに在るものを、どうするかってことではないかと思います。
この映画は出ている人たちが、自分の個性の受け止め方が上手だと思いました。
そして、これからは やはり、まとめる力なんだろうな。
劇中歌『天国生まれ』はヒロト作詞・作曲、もちろんいいです。

THE 有頂天ホテル スタンダード・エディション
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『トニー滝谷』
救いようのない悲しみとか、孤独ってやっぱり在る。
人によって違うし、比べられないし、いつもいるわけじゃないし…
じゃあ、どうすればいいのかな。
この間、テレビでNYの地下鉄演奏者のおじいさんが言ってたこと。
世の中にはどうしようもない悲しみがある。
自分の愛する人に愛されないこと。
自分がいたらないせいで、人に迷惑がかかること。
そういう悲しみがブルースなんだって
で、彼はその悲しみをを歌にする。一晩中、歌い続ける。
そうすると朝が来て少しは救われる。
この映画の孤独はブルースなのです。きっと。
自分の孤独を、どう昇華させるかが最近の生きるテーマです。

トニー滝谷 プレミアム・エディション
トニー滝谷 プレミアム・エディション



『ピンクパンサー』
思い出し笑い、ってみんなどれくらいの頻度でするのかな?
あれって すごいお得だと思います。
だって、何ともない時に、
昔、楽しかったことを思い出すだけで笑えるのです。
これを見とけば、電車で暇な時も笑いをこらえるのに必死で、
いつの間にか目的地に着けます。
iPodなみにポテンシャルを秘めてます。

ピンクパンサー コレクターズ・エディション
ピンクパンサー コレクターズ・エディション



『セプテンバーテープ』
結局、消化不良でよくわからないな。

戦争やテロが日常にあって、
僕らにとって、自販機が町にあるのが当然のように
地雷が埋まっているのが当然の世界が、現在の地球上にあって
そんなところに生まれる人はたくさんいて、
そこから抜け出すなんて途方もない、非現実的な事で、
なのに平和ボケした先進国の人間は信じられない額のお金を払って
そんなところにやってきたりする。

この映画が、そういう世界の現実を叩きつけて、ギャップや価値観をぶち壊すためなら
きちんとドキュメンタリーで出すべきだったと思うし。
フィクションにするならするで
アメリカ政府に没収された部分を映像化すべきだと思います。
中途半端なストーリーと、オチが報復であるなら
あのフィルムでやるべきことなのかと思います。
9.11の一年後にアフガニスタンに行って、
武器も、銃撃戦も、インタビューも本物だというのに
変なフィクションのために、全てが懐疑的になる。あの映像すらも。
『ブッシュよ、何を隠している?』
というコピーも、映画を見た後もそのまんま残るだけです。

しかしである、あの時期にあの場所に行く人間のつくったものである。
外野の僕がそう簡単に、あーだこーだいう資格がないくらいのことはわかる。
やはり、あーだこーだ考えるなら、自分の目で確かめるべきなのかもしれない。
この映像も持っているパワーは凄まじい。
それは、あの時期に、実際に行き撮ってきたからなせることなんだろうな…





『ゲド戦記』
この映画が『もののけ姫』などの過去のジブリ作品と
同じジブリ作品として、世の中にあるという事実が不思議でならない。
一人一人のキャラクターの描かれ方、普通の人々の生活感。
話の芯のブレなさ、強さ、メッセージ。エピソードへのケリのつけ方。
何をとっても違う、と思う。
宮崎駿監督と息子の作品を、人が違うし経験が違うのに比較すべきでない。
とか、そんなこと、云々よりも
ジブリ作品として、実際に存在すること。が腑に落ちない。
好き嫌い、良い悪いなんて、ひとそれぞれであったりするし
世の中の、批評とか、評価、僕個人の戯言とかは関係ないとしても、
質というか、テイストが違うものを並べているのである。
途中で止める事はできなかったのだろうか?
違うかたちで発表したり、
ジブリの他監督のようにテイストを変えるなり出来なかったのだろうか?
今までのジブリを愛してきた人には、納得いかないはずである。

こんなことを考えていると、最近のボクシングのゴタゴタを思い出す。
ボクシングをする人、その家族の人、ボクシングを見る人、それを仕切る人。
それぞれの気持ちが、噛み合なかった悲劇。
同じように感じた。




十本くらい書こうと思ったけど、もう限界です。
映画ブログ書いてる人たち、ってやっぱり凄いな。
23:58 | 映像 | comments(1) | -| - |
24
映画って、二時間くらいにその何十倍もの時間や
登場人物のエピソードや個性をぶち込まなくてはいけないから、
よくよく考えればおかしいとか、矛盾てのがつきものだと思います。
だけど、すごい映画って 細部まで違和感がないというか
そんなこと気にする隙がないですよね。

逆に、その人はそんな言い回ししないだろう、みたいなものが一つあると
積み上げてきた繊細なものが壊れてしまう。

『24』が凄いのって、そんなんお構いなしですもんね。
いろんな しがらみをぶっ壊したし、
普通に見たら絶対、次が見たくなる。
さすが、アメリカ。

あと40分で シーズン4がテレビで始まる。
見ないようにしてても
その時間に合わせて、予定を進めている自分がいる。 
23:32 | 映像 | comments(0) | -| - |
空中庭園
空中庭園 通常版
空中庭園 通常版


久しぶりに凄まじい映画を見ました。
平熱なのに皮膚の下ではもの凄い勢いで血が流れている感じ。
主役、脇役、音楽、広告写真、予告編までスゴイですよ…


人生は幼稚園の学芸会と同じであるという。
みなが無理をしながら幸せな家族を演じる。そして、それは喜劇であり、茶番である。
しかし、その舞台というものは一度しかなく、
演じている人の身体には血が流れていて、生身の人間なのだ。
どんなにアホくさく感じても、それはリアル以外の何ものでもないのだろう。

思い込む事により、見失うもの(本来の姿)があるという。
自分が不幸せだと思えば、地球上の出来事が自分をおとしめるために起きている様に感じ、
過去の出来事の記憶さえも書き換えられていく。
しかし、ほとんどの事は 一個人の感情・事情などおかまいなしに進むし、
自分が思うほど悪くもないし、良くもないのでしょう。
そして、絶望的に思えても、案外やり直せたりもするのである。

家族をつくることは意外と簡単な事であるという。
(維持するということを考えなければ…)
日常のある一瞬の判断で決まる事である。
家族の定義とは何なのだろうか?
人間という生物は 基本的に家族単位で生活を営む。
毎日、ひとつの家に帰り、家族とつき合わせになる。
秘密をもたないことが、家族を守る方法なのか?
干渉しないことが、家族を守る方法なのか?
そこに答えはなく、泥臭く模索するしかないのだろう。

窓の無い部屋でも、案外生活ができるという。
しかし、太陽が差し込む窓が無ければ 洗濯物も乾かないし、幸せも差し込まない。
地に足がついている農家での生活。
隣人と同じ窓を持ち、空中庭園のある団地での生活。
窓を塞ぐ事で成立するラブホテルでの生活。


僕の思う家族感。
元来、人は家族と生活すると言っても 生きているのはそれぞれの個体であり、
利己的な遺伝子の器でしかない。
意志や感情を100%共有することは不可能でしょう。
しかし、それを100%に近づけようと お互いに努力や無理をすることはできるはずです。
その過程(要するに、日々の生活)においては歪みが生じ、ネガティブな感情もあるでしょうが… 人はそうすることで喜びや、感動を手に入れる本能というかプログラムを持ち合わせているのではないのでしょうか。それが、愛であり 言葉や科学では言い表せないものじゃないかと思います。

長々と整理するために書いたけど、結論とすれば
家族というものは面倒でアホ臭いけど、
愛しく素晴らしいものだということです。


興奮して一気に書いたけど… 今度 読み直して書き直します。
22:29 | 映像 | comments(3) | -| - |
強化週間
先日、仕事中に腰を痛めたため、本日は家に軟禁状態。
そこで、ジブリの映画をあまりちゃんと見た事が無いことから
見られるうちに見とこうと思い、今週はどんなに眠たくても
いろいろ見ようと、決意。

第一戦 『もののけ姫』

もののけ姫
もののけ姫

なんて、ブレない映画なんだろう。
テーマに対しての芯があり、強い意志を感じました。
当時のニュース映像から、勝手にお金の匂いを感じ、
先入観から見なかった今までの自分が情けない。
日本の自然や歴史に対する誇りと尊敬。
(舞台が日本である事、動物や山々の描かれ方、時代背景からくる精神性。)
人と動物の、思惑、矛盾、もどかしさ。
(力関係や立場は違えど、それぞれの考え方の変遷、ズレも含めて、
 それぞれが一生物として平等に出てくると思う。)
神や宗教、愛、仲間、家族
(心の根っこにあるであろう信念とか支えになる部分が多様化している
という当たり前の事。)
そして、そのこと全てが生きるということに集約される。
さらには、子供達に向けて発信されていることの偉大さ。

こんなに素晴らしくて、作り手の情熱で溢れ、
知名度のある映画があれば世界はもっと良くなるはずだ!
もう一度、クモリノナイマナコでみんな見るべきなんだ!
駐車違反のニュースのスケールの小ささはなんなんだ!
00:02 | 映像 | comments(0) | -| - |
カオナシとルーレット
 『FREEDOM』
自由をコントロール出来る人なんてそういない。
制度と自由のバランスのはき違え。
消費するだけ、浪費するだけ、時間をつぶしたいだけ
そのくせ、顔や意志、個性は持ち合わせない。
カオナシの大量生産である。
そんなやつらは、トウフの角にぶつかって死んじまえ!(ダンスナンバーより)
http://freedom-project.jp/

 『パッチギ』
今の世代、特に男子にあそこまでのエネルギーがあるのだろうか?
日本がインポになてしまっているのではないか?
ギラギラした性欲の塊がないよね。内に秘めたものでも。
それは、そのまま生きる力に直結するモノだと思うが…
かくゆうおれも、どん欲さが足りないかもしれない。

 『モディリアーニ』
輪廻転生があるにしても、僕らは前世も、来世もわからん。
すなわち、現世だけしかわからない。
そうなれば、モディリアーニの生き方に惹かれない理由が見当たらない。
この映画は、愛への踏み絵だ。

02:06 | 映像 | comments(3) | -| - |
RENT
考えろ。感じろ。思考を止めるな。
借り物ではないモノサシを持って生きる。
生とは愛と初期衝動だ。


02:32 | 映像 | comments(0) | -| - |